小説「ちょんまげヘルパー」

1章

「マナブの生活」


マナブと申します。歳は三〇。未婚です。ちなみに、彼女はいます。

彼女とは学生時代からの付き合いですが、昨年私の勤める会社が中国系企業に買収されて以降は、日本と中国を行ったり来たりの生活で、彼女とはほとんど会えなくなっております。

彼女は

「中国企業に買収?へぇースゴイじゃない。」

と嘯(うそぶ)いていましたが、

彼女が勤める中国系企業がわが社を買収することを、どうも私より彼女の方が先に知っていた様子で、国際的な問題を超えて、身近なところまで近隣諸国との緊張が忍び寄ってきた感じがあります。

下手をすれば、彼女が上司になるかもしれないなんてことがあるかもしれません。

まぁ、彼女は中国留学もしており、中国語が堪能なので、ときどき中国語を教えて「いただいて」おりますが、学生時代の当時は

「中国留学?なにゆえ?ホワイ?アメリカやフランスやカナダでなくて、なぜチャイナ?ジャッキーチェン好きだったっけ?」

と、理解を示せずに、半ば馬鹿にしたような失礼なことを言っていましたが、そういう私も落研で「志ん生」にハマっていたような次第ですから、今思うと彼女の方が確実に時代を読めていたということになります。

しかし、これから中国バブルが弾けて、中国経済が混乱してきたら、わが社が倒産する可能性もあり、私の知らないところで中国と一蓮托生の状態になってしまっていたと言うことになります。

彼女も現在の中国経済の状況を解っているはずですから、次第によっては二人とも失業と言うこともあり得ます・・・。そんなこともありますが、今日は久しぶりに彼女に会う日で、朝からソワソワしております。別に結婚を申し込む訳でもなく、先月会った時と何も変化はない関係。

「どうなの?中国企業で働くことに慣れたの?」

「中国企業と言っても、会社ごと買収されて、作っている部品も同じで、納める先が替わっただけだから・・・。」

「中国人とは、仕事やりづらくないの?」

「通訳もいるし、顔も同じ東洋人だし、前の取引先のおやじに似たのも居たりするから・・・。」

「食べ物とかどう?」

「あ~日本のコンビニもあって、日本食も食べられる店があるよ。基本的に中華好きだし。」

「じゃ~問題ないんだ・・・。」

「まぁ~そういうことかなぁ・・・。君の方はどうなの?」

「私は来週からアメリカよ。アメリカの自動車部品メーカーの買収交渉。M&Aよ。」

「また買収。アメリカこそ大丈夫なの?」

「景気は最悪。日本で伝えられている以上に慢性的な経済悪化が深刻よ。中国より先にアメリカの方が危ないかも・・・。って言うか中国とアメリカはすでに一蓮托生ね。」

「でも、アメリカが危ないと日本の方が危ないでしょ。」

「確かに影響は大きいけど、日本よりイギリスの方が深刻かも・・・。ヨーロッパの経済状況もあまりよくないのよ。」

「えっそうなの?日本にいると実感ないなぁ~。」

「日本は、世界的に見れば比較的ましな方かもよ。もし、あなたも私もどうにもならなくなったら、私の田舎で暮らしましょ。空き部屋がまだあるし、私たちが食べる位の世話は、私の親が何とかしてくれるわよ。」

「じゃ、うちの両親はどうなるの?」

「そこまでは面倒見られないわよ。」

「ですよね。とりあえず、みんな頑張らないと・・・。」

「そういうことよ。お互いへこたれずに頑張りましょ。ところで最近UFO見てないの?」

実は私、UFOをよく見るのです。

「そういえば最近忙しくて見てないな。」

「そういう問題なの?まぁ宇宙人も『マナブ君もっと働きたまえ。』って言ってるわよ、きっと。」

「ですかねぇ・・・。とりあえず何か食べますか?」

「ベトナム料理にしましょう。その後私の部屋に来てね。」

「ですよね・・・。」

「そう・・・2週間は会えないから。」

彼女は積極的な人です。

「あっ!」

「どうしたの?」

「UFOが飛んでる。」

「えっ!どこどこ!」

彼女には見えなかったみたいです。その日私は久しぶりにUFOを見ました。


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2章

「マナブの家族」

「母」

私は彼女の親の世話になれるとしても、私の家族はどうなるのか。母親は・・・大丈夫だな。

はっきり言って私より逞しいです。

好きなことをして稼ぎのほとんどなかった父親に代わって、一家の大黒柱になっている母親。

昔から近所で喫茶店兼スナックを経営していて面倒見もよく、名物おかんとして町内で知らない人がいない存在。昼間は近所の奥様連中や暇なご隠居の憩いの場所で、夕方からは町の中小企業の社長相手にカラオケスナックをやってます。

顔が広いのは良いのですが、何かとすぐに耳に入りやすくて、近所のことで知らないことはない状態になっています。あそこの息子が今度どこそこの大学に合格したとか、あそこの娘が誰それと付き合っているとか、はっきり言ってどうでもよい話ばかり。

私が、今日彼女と会っていたことも、何故か夜には知っていたようで、あなどれない特殊な情報網を持っており、うかつに悪さもできない状態。最近は私が忙しく、ほとんど顔を合わすこともありませんが、昔から食事は用意してくれています。用事があるときにはメールをしてきます。

「明日の夜。仕事帰り、店に来るように。何時でもオーケー。あなたの母。」

大抵他愛もない用事で呼び出されますが、用事があるというよりは、私の顔を見たいというのがホントのところ。明日にでも会いに行きます。



「妹」妹は…大丈夫だな。

別にとりえもなく、美人でもない妹ですが、現代社会をうまく渡り歩いている感じです。

普通に就職して、結婚を機に退職。文句も言わす、人にうまく合わせて、友人も多く、淡々と生きてます。

「お兄ちゃんには、私の苦労は解らないわよ。」

と言われたことがあります。

私には昔から興味がないみたいです。

旦那は日本かぶれのアメリカ人。出身はテキサス州。イケメンです。仕事は研究員で、アメリカで人工知能の研究をしていて、日本に留学後、大手企業の研究員として採用。近所に住んでいて、母親とも上手く行ってる様子。

ただ、この旦那が、少し変わっていて、日本かぶれはいいのですが、どうも日本文化を偏って理解しているようで、いわゆる日本の漫画やアニメに憧れて日本留学に来ちゃったので、どうも日本の伝統文化、落語好きの私とは合わない感じ・・・。頭は抜群に良いことはわかっていますが、時々突拍子もないことをしてくれます。例えば、母親の店に、妹と忍者のコスプレで現れる等・・・。お客さんには大うけで、母親もこのアメリカ旦那がかわいい様子。

皆「また来てねー」なんて言うから、本人も調子に乗って定期的にコスプレ姿で現れている様子。以前、帰宅すると妹とアニメキャラのコスプレで、食事していたこともありました・・・。

実家はアメリカで日本食レストランのチェーン店で成功。裕福で、両親もまじめな感じ。兄が実家の商売を継いでいるようで、弟のことは好きにさせているとか。

アメリカで行われた結婚式でも、謎の侍や忍者たちが給仕しており、どうも息子の偏った日本かぶれはこの両親の影響みたいです。どうも家業を継いでいる兄とは、母親が違うとのこと。



「父」

そして最後に「父」・・・とても心配です。



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3章


「父親のこと」


父親は、私の家族の中でいまだに自立できていない唯一の家族で、好きな時代劇俳優を続けています。時代劇俳優と言っても、大部屋役者、いわゆる端役で、切られ役等専門です。

子供のころは、テレビ時代劇も多く仕事もあったのですが、最近はめっきり仕事もなくなり、役者仲間と昼間からブラブラしている様子。

昔は何度かテレビ時代劇で、主役の侍に切られるシーンをみましたが、ほとんど誰か解らないような感じでしたが、その日は父親、母親共にうれしそうにしていたのを覚えています。病気もせずに、元気にしていますので、もう別の仕事を探せばいいのですが、

「今にまた時代劇が見直される時が来る!」

と一向に言うことを聞かず、いまだに母親にお小遣いをもらっているみたいです。まぁ年齢的にも再就職は難しいでしょうが・・・。

当然、母親の理解があって、そんな生活を続けることができているのですが、母親はどうもそんな父親が好きなようで、文句を言っている姿を見たことがありません。どうも母親からプロポーズしたとのことです。近所の人から聞いた話ですが・・・。

ちょっと理解に苦しむので、娘とその話をしたことがありましたが、

「お兄ちゃんには、お母さんの苦労が解らないのよ。」

どうも、妹とは意見があわないようです。

そんな心配な父親ですが、私から見ても父親は、何か憎めない性格で、実際誰からも好かれています。娘にしても父親のことは嫌いではないようで、母親同様に父親のことはいつも気にかけている様子です。

妹曰く、

「お兄ちゃんはお父さんのこと心配じゃないの?」

大いに心配です・・・。



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4章


 「撮影日」



今日のマナブの父、シロウはご機嫌だった。久しぶりの仕事なのだ。時代劇の撮影で、主演者、撮影スタッフと郊外の、のどかな山道を移動バスで揺られていた。バスの中は気の合った連中ばかりで、久しぶりの仕事にみんなの意気も上がっていた。

「今日はピーカンでよかったじゃねえか。このスルメ食うか?」

「ほんとですよ。シロウさん。でも、いくら不景気だと言っても、役者もスタッフもこんなに狭いバスに詰め込んで移動だなんて・・・。昔はよかったですね~。スルメいただきます。」

「あのころは、もっとこう・・なんて言うか・・・・・。」

「活気がありましたか?シロウさんはあの伝説の映画『八と1/2人の侍』に出演してたんですもんね。いやぁ~うらやましいな。私はあの映画観て、時代劇役者になろうって決めて、家を飛び出して来たんですからね。」

「まぁ~そっ・・そうそう…活気ね、活気があったね。あの撮影はホント大変だったよ。白沢監督の厳しいのなんのって、1シーン撮るのに5日かけるんだからさ。それに比べて今の映画ときたら・・・、なんか悲しいよ。」

「まぁ、日本全体が不景気ですからねぇ。仕方ない仕方ない。」

「お前!馬鹿言っちゃいけないよ!映画ってのは不景気な時、苦しい時にこそ、人に夢や希望を与えるもんよ。ホントは今こそ映画が流行んなきゃいけないはずなんだよ。」

「映画って言っても時代劇じゃ~なぁ。「時代」に合わないかぁ~。なんてね。」

「あれっ!何?お前時代劇嫌いなの?」

「い、いやぁ~、そんな訳ないじゃないですかぁ~。私、もう何年時代劇役者やってると思ってんですか。シロウさんが一番よく知ってるじゃないですか。」

「そうなの~?いつでも辞めていいんだよぉ。辞めて田舎の家業継いだらぁ~。母さん喜ぶよ。役者の代わりはいくらでもいるんだから。」

「もう勘弁してくださいよぉ~。」

「しかし、この山道あぶねぇーな~。道が狭くて落ちそうじゃねーか。おいっ運転手しっかり運転しろよ!」

「えっ何です?」

「こらっ!後ろ向くなってんだ!ほら前見ろ!危なーい!」

「わぁー!」



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5章


「母親の店」


今日は母親に会うために、仕事帰りに店へ行くことにしていた。

昨日メールしておいたので、夕食は店で食べることになり、久しぶりに母親の作りたての料理を食べることが出来ます。母親は昔から料理が得意で、撮影所の近くで祖母と小料理屋をしていたらしいのです。

父親とは子供のころに死に分かれて、祖母と二人で苦労も多かったようですが、ある有名な監督が祖母を気に入り撮影所近くに店を出させたらしいのです。祖母とその監督がどのような仲だったのかは解りませんが、祖母と母親の店は撮影所でも評判で、当時有名だったある時代劇俳優が、母親目当てに通い詰めていたらしいのですが、たまたま、その有名な俳優が連れてきた冴えない大部屋役者だった父親に、母親が一目ぼれして一緒になったということらしいのです・・・。世の中は何があるか解りません・・・。

そのことがきっかけで、その俳優に嫌われてしまった父親には、その後よい役はまわってこなくなり、役者としての将来はなくなり一生大部屋役者としてのキャリアになってしまいましたが・・・。まぁ、今の父親を見ていると、役者としての将来性があったとも思えませんが・・・。

もう60歳を超えて、撮影所の生き字引のような存在になっていますが、最近は久しぶりの新作時代劇の撮影があると言って年甲斐もなく張り切っていますので、決して不幸な人生ではなかったのではないかと思っています。

「どう元気?」

「あらっ早かったわね。今日は一人なの?良枝さんは?」

「昨日会ったよ。来週からアメリカ行くらしい。」

「へぇー中国とアメリカを股にかけるなんてすごいよ。どうよ、あんたも最近国際的サラリーマンになった気分は?」

「でも彼女の会社に吸収合併されただけだから・・・。」

「まぁマナブ君。女性の時代ですよ。」

母親と近況の報告や妹夫婦のこと、最近のご近所ニュース等の話を一通りしたあとは、やはり父親の話になる・・・。

「親父は?」

「元気にしてるわよ。今日から撮影で泊り。」

「店には来るの?」

「しょっちゅう来てるわよ。」

「でも、母さんも今まで大変だったね。」

「そんなこと言ってる暇はなかったわね。」

「お疲れ様です。ところで、おばあちゃんは元気なの?」

忘れていましたが、祖母はまだ存命で、店の2階で暮らしています。御年87歳。お上品な可愛い祖母で、子供のころから私や妹を大変可愛がってくれていました。最近は年のせいで耳が遠くなってきており、話をするにも耳元で話しかけないといけなくなっています。

父親とは昔からとても仲が良く、父親は祖母のことが心配で頻繁にこの店で寝泊まりしているようですし、祖母もそのことがうれしい様子です。ひょっとして祖母から小遣いをもらっているようなことはないと思いたいですが・・・。

私は母親の作りたての料理を食べながら、父親の最近の様子に変わりない事が解り、少し安心して、ほっとしていたその時。

「よし子!大変だよ!」

急に2階から祖母の聞いたこともないような大声が聞こえてきました。私たちは、今祖母の声が聞こえたことを一瞬顔を見合わして確認したのち、ただ事ではない何かが起こったことを悟りました。

「母さん。どうしたの!」

慌てて争うように母親と二人で2階に上がってみると、祖母が倒れた様子はなく、そこには、真っ青になって交通事故を映したテレビニュースの画面を、指をさして突っ立っている祖母の姿がありました。

「シロウさんが…大変。」

私たちも言われるがままテレビ画面に目を移してみると、事故を起こして大破した車の車体がテレビ画面に映し出されており、そこには父親のいる撮影所の文字がはっきりと書かれていました。

「・・・。」

母親も私も何が起こったのか理解できず、しばらくテレビ画面に映し出された映像をその場に立ち尽くして、ただ見つめているだけでしたが、店の電話や私の携帯電話が一斉に鳴り出したことで、夢から覚めたように何が起こったのかを、ようやく理解することができたのでした。



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6章


 「事故のニュース」


「本日早朝、映画の撮影現場へ向かう為に、出演者やスタッフを乗せ山道を走行中のバスが、崖から転落。近くを通りかかった通行人からの通報で、警察や消防が現場の確認を行っているが、乗車していた全員が病院に搬送されており、事故原因等の確認はまだ行われていない模様。現在、警察が病院に搬送された運転手などから事情を確認中だが、死亡者がいたかどうかは、まだ不明。乗車していたのは・・・。」

テレビニュースを観ながらも、電話は鳴りっぱなしで、母親や駆け付けた妹夫婦を含めて対応に追われていた。

父親の状態がどうなっているのかは撮影所からの連絡でも、まだ解らないとのことで、母親は病院へ、いつでも行けるよう待機している状態。祖母は仏壇に手を合わせて父親の無事を一心に祈り続けています。

「シロウさん!私より先に逝ったら嫌よ。」

近所の人たちも店に来て、あれやこれやと状況を尋ねてくるのですが、私たちにも解らない状況で、何も答えることが出来ません。みんな興奮状態で、店は変な熱気に包まれていました。

「リーンッ!」

その時鳴った電話に出た母親が、真剣な顔で話をしています。

「何か分かったの?」

電話を置いた母親に話しかけても表情は曇っており、この電話が決して良くない知らせであったことをうかがわせるに十分だった。

「警察から・・・。」

「警察?撮影所や病院でなくて?」

「今すぐ警察署へ来るようにだって・・・。」

「まさか?」

「警察署で事情の説明があるのよ。その後で病院で面会でしょ。」

妹が気を利かせて、母親を安心させるよう説明した。

「とにかく行ってくるわ。」

私や妹夫婦、近所の人たちに見送られながら、母親は警察署へ向かっていった。

これから、私たちに想像もできないことが起こることなど、そこにいるだれもが想像できなかった・・・。



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7章



「警察にて」


「えーこれですべての家族がお集まりなったでしょうか?それでは今回の事故についての説明を始めます。」

警察署には事故にあった者たちの家族が集められていた。母親の知っている顔もあり、みんな顔は深刻で私語をする者は一人もおらず、警察署の室内は静まり返った状態だった。

「ご家族様へは撮影所等から連絡があったかと思われますが、今回の事故の詳細につきまして、現時点で判明している内容をご家族に説明させていただきたく、今回わざわざお集まりいただいた次第です。では、説明を始めます。よろしく・・・。」

警察署長らしき人からの説明の後、今回の事故を担当する警部から説明が始まる。

「本日早朝、映画撮影のため山間部の林道を走行中、運転手のミスにより映画出演者、スッタフ諸共バスごと崖に転落した模様。けが人については現在市民病院で治療が行われています。現在のところ死亡者はありません。」

死亡者がいない事を聞いて、その場にいた家族からは安堵の溜息が漏れたが、警部の次の言葉に皆は驚かされた。

「しかし、まだ何人かの方が発見されておらず行方が分からない状況です。」

行方が分からない・・・。

「我々といたしましては、事故現場周辺をくまなく捜索させていただいておりますが、現在のところ発見するには至っておりません。これから、未だに発見されていない方々のお名前を読み上げますので、そのご家族はこの後別室でさらにお話を伺わせていただきます。それでは、名前を呼ばれたご家族は、手を挙げていただきまして私どもの誘導で別室へ移動していただきます。」

その場にいた家族たちは、何が行っているのか理解に苦しんでいた。死亡者はいないと聞いたが、まだ行方が分からない人がいるとはどういう状況なのか?行方不明になっている理由が何なのか、可能な限りの創造力をその場にいる家族全員が働かせていた。

そんな中、一人ひとり行方不明者の名前が読み上げられて、その家族が婦人警察官に誘導され別室へ移動していく様子を見ながら、自分の家族が行方不明者のリストにない事を誰しも願っていた。当然、母親もその一人で、父親が無事で軽いけが程度で済んでいることを願っているのだが、先程から、それとは別に、何か嫌な胸騒ぎも感じていた。今まで長年暮らしてきた経験から、直観的に父親が行方不明者のリストに入っているのではないか?と言うか、リストに入っていることこそが、まさに父親らしいとも、同時に母親は感じていたのだ。

そして、その胸騒ぎは現実のものとなる。最後の行方不明者として、父親の名前が警察官の口から読み上げられたのだ。



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8章


 「父の行方」


「父さん、何処にいるんでしょうね。」

「・・・。」

あの日自宅に帰って来た母親から事情を聴いても、私たち家族にできることは何もありませんでした。その後も警察から何度か呼び出されて、父親についていろいろ説明をしたが、警察も私たちも父親の所在や行方不明である理由を見つけることはできませんでした。新聞やテレビにも取り上げられて、一躍有名人になってしまった私たち家族。

まだ、警察や消防でも探せない山のどこかで倒れたままになっているのではないかと心配したが、現場の崖周辺の写真も見ても、見晴らしは良さそうだし、複雑な地形をしていないとのことです。

彼女も心配してくれて、アメリカ行きを取りやめようとしていたが、私が説得して予定通り、アメリカへ出発した。

事故後しばらくは、近所の人も心配で店を頻繁に訪れてくれていましたが、すでに父親が行方不明になって1週間が過ぎ、誰もが経過を見守るしかない状況です。しかし、生きているなら食事もしなければならないはずだから、もうそろそろ何か解ってもおかしくはないのですが・・・。

それに行方不明になっているのは父親だけではなくて、7名が現在も行方不明の状態です。どの家族も行方不明になっている理由が解らず、私たち家族同様、ただ経過を見守っているしかありません。

実は偶然にも行方不明者の7名の中に撮影スタッフは一人も含まれておらず、父親を含めて行方不明になっているのは、すべて出演者たちであるとのこと。7名の内訳は、殿、姫、侍、駕籠かき2名、忍者、町人だそうですが、この配役でどのような撮影が行われる予定だったのか私には想像できませんが、父親の配役は町人役で、到着後すぐに撮影が行われるよう、父親を含めた全員が、事故にあった時は衣装をすでに着ていたとのこと。そんな目立つ格好をしていれば、倒れていても、どこかに居てもすぐに見つかりそうなものですが、未だに警察や撮影所からの連絡はなかった。

私たち家族も、あとは警察に任せて、そろそろ以前の生活に戻ろうと話し合っていた時に、母親の携帯電話が鳴りました。警察署から、すぐに署まで来てほしいとのこと・・・。

また、嫌な予感がしていた・・・。


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9章


「父、見つかる」


「本日、ご主人が見つかりました」

「えっ!何処にいたんですか?」

「はっきりは解りませんが、現在は事故現場の近くの交番署にいます。元気にしておられます。」

「そうですか・・・よかった。」

「ところで・・・。」

「はい?」

「ご主人は事故以前に何か・・・ご病気をお持ちではなかったですか?」

「はぁ?」

「例えば強い安定剤等を服用されるような・・・何か。」

「い~え。病院にはほとんどかかったことはありません。元気すぎる位でしたが、何か?」

「実は・・・、現在ご主人は交番署に留置されておられます。」

「はぁ?留置・・・。」

「解りやすくいいますと・・・逮捕されました。」

「えっ・・・?」

「事故現場から少し離れた農家の畑で、野菜を盗もうとしているところを、持ち主の農夫に取り押えられまして・・・。」

「なぜ野菜を盗もうと?」

「それが、聞いても何も答えません。一言も喋らないのです。」

「・・・。」

「とりあえず面会をお願いできますでしょうか?」

元気で生きていることには安心したが、あのおしゃべりな夫が、一言も喋らないなんて、父親の身に、何が起こったのかを理解することは不可能だった。

母親からの連絡で、父親が生きていることが分かって安心はしましたが、母親の様子から、父親の身に何かが起こっていることも同時に感じることが出来たのです。



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10章


「家族の不安」


私たち家族はその夜、事故現場近くの交番署に向かっていた。父親と面会するためだが、なぜか交番署のまわりは物々しい雰囲気に包まれていた。私たち家族以外にも、目的は解らないが、警察官や機動隊や救急車、上空にはヘリコプターが数機サーチライトで地面を照らしながら飛んでいるのだ。何かに備えているように・・・。

車を降りた私たちに警察手帳を見せながら、一人の男が近づいてきた。

「小坂と申します。今回の事故・・・嫌、事件を担当させていただいております。」

私たちは軽く会釈をしたが、「事件」という言葉と、この状況が理解できないことの方が気になって仕方がなかった。

「実は、ご主人を救おうと、4時間前に忍者姿をした男の襲撃がありまして・・・。」

「はぁ?」

「私もちょっと、状況を理解しかねているのですが、4時間前に忍者姿をした男が、ご主人を救い出そうと襲撃してきたことは事実で、私と一緒に来た警官の一人が、その忍者と揉み合いになって負傷しました。私もその忍者が逃げるところを目撃しています。」

「・・・?なぜ主人を救いに忍者が?」

「おっしゃりたいことは解ります。が、私どもにも全く訳が分からないのです。ただ、警官が負傷する事態に至っては、ご主人をここから都内の留置所へ移送して拘留を続ける以外にはないかと・・・。まぁ野菜泥棒の現行犯でもありますし・・・。」

「主人には会わせていただけますの?」

母親は、とりあえず父親の顔を見なければ話にならないと感じていた。

「どうぞ。ただ、以前のご主人と同じ人物であるかどうか・・・。」

「それ、どういうことですの?」

小坂刑事はすでに、父親に起こった異変について何かしらの見当をつけている様子で、

「私は以前、薬物犯罪を取り扱う部署におりましたので、ご主人のような方を幾人も見てきましたから・・・。」

「うちに主人は、一切麻薬なんかに手を出すような人じゃありません!」

目に涙を浮かべながら懸命に訴える母親。つられるように声を出して泣き始めた妹をアメリカ人の夫がやさしく慰めている。

「とりあえずどうぞ。」

私たちは父親の留置されている交番署に入った。



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11章



「襲撃」


山村の交番署なので、入り口の引き戸を開けるとすぐ奥の部屋で、カツラをつけて町人役の衣装のままで、手錠をかけられて座っている父親の姿が見えた。

「あなた・・・。」

母親が声をかけたが、父親は何も答えず、ただじっとと母親の顔を見つめていた。

「あれっ?おう、どうしてこんな所にお前がいるんだい?」

父親の険しかった顔つきが緩み、ようやく母親に気付いた様子。

「あなた、どうしちゃったの?大丈夫だったの?」

「お前さんに、あなた・・・なんて呼ばれる筋合いはないね。」

「何を言っているの?」

「お前は、近所の飲み屋の、お良(よし)じゃねーか。いくらツケが溜まってるからって、そんな馴れ馴れしく呼んでほしくないね。」

「はぁ?」

「それに、なんだよ?お前んちのバカ息子と不細工な娘まで一緒でよ。あれ!なんだ、そのひょろっとした青白い見慣れない奴は?」

「父さん。何を言っているの?」

私も不安になり声をかけてみたが、

「何が父ちゃんだ?お前の父ちゃんは、酔っ払って長屋の井戸におっこって、死んじまったじゃねーか。何言ってんだ。」

「襲撃!」

その時外から、大声がしたかと思うと同時に拳銃の発砲音がパン。パンと聞こえてきた。外では、数十人が揉み合っている様子で、叫び声も聞こえてくる。私たちは、びっくりして、その場にうずくまり氷ついてしまった。そんな中で、父親だけは

「こっちだー!助けてくれー。」

と、外にいる誰かに向かって大声で叫んでいた。そして、日本かぶれの妹の夫だけは、

「おー、本物忍者カッコイー!」と目を輝かせていた。

一体何がどうなっているのやら・・・。



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12章



「検査結果」


私たちは翌日、家族全員で、事故現場の山のふもとにある、国立病院の一室へ来ていた。皆一睡もできず、憔悴しきっていた。しかし、父親の様子を思い出しても、何がどうなっているのか・・・。

「飲み屋のお良」と母親のことを読んでいたが、頭でも強く打って、一時の記憶の混乱だろうかと・・・。

昨日の襲撃騒ぎは治まり、父親を除く6名も全員拘束された。襲撃に来たのは、忍者と侍、駕籠かき2名の計4名で、警察官3名が軽傷を負ったが、難なく取り押さえられた。残りの殿と姫も近くの山中に潜んでいるところを確保され、同じく連行された。拘束当初、

「せめて殿と姫だけでもお助下さい!」

と侍をはじめ、残りの者たちが懇願する様子を見ていて、そこにいる誰もが、何か調子が狂ってしまう感覚を感じていた。まるで、彼らが時代劇を演じ続けているような・・・。

彼らはふざけているのではないかと・・・。

ただ、演技であったとしても、全員がかなりの興奮状態にあったために、病院搬送後すぐに安定剤を飲まされて、昨夜から夜通し検査が行われている。一体父親たちに何が行ったのか・・・。

病院には殿や侍役の家族たちも呼ばれており、皆自分の家族に何が起こったのか解らず困惑していた。

「今検査が終了しました。」

小坂刑事が医師数名と看護師を連れて部屋に入ってきた。

「お待たせいたしました。検査結果が出ましたので、こちらの佐々木医師より、ご報告していただきます。では。」

「よろしくお願いいたします。佐々木と申します。昨日深夜に当病院へ搬送されたの7名の患者につきまして、MRI検査を含めての精密な検査を行いました。まだ検査結果待ちのものにつきましては追ってお伝えいたしますが、今回特に7名の脳や内臓についての損傷や異常、身体的な骨折等は認められませんでした。」

検査結果を聞いて、その場に居合わせた家族一同は内心ほっとしていた。

「では、なぜあのような芝居じみたことをし続けているのでしょうか?」

母親が佐々木医師に尋ねた。それはその場にいた家族全員も同じことを考えていた。

「病院に搬送されていた時には、すでに安定剤が処方された状態でしたので、そのような状態を直接見てみないことには、何とも言えないというのが正直なところです。安定剤の効果がなくなった後の状態を見てみない事には・・・。」

「一時的なことで、目が覚めたらもとに戻っていることがあるかもしれませんか?」

母親がすがるように聞いた。

「・・・解りません。頭部を強く打たれて一時的に混乱していることも可能性としてはありますが、7名とも全員が同じ症状と言うのは、ちょっと私の経験では理解しかねますので・・・。」

「先生。7名ともが薬物を使用していたとは考えられませんか・・・。」

皆一斉に医師の方を見つめた。

「検査からは、そのような反応は出ておりません。」

家族の皆が、力が抜けたように安堵の表情になった。

「では、原因は・・・」

「解りません。このようなことは私は初めてです。目が覚めてもこのような症状が続くようなら、もっと専門の病院で検査していただく必要性があると思います。」

「では、目が覚めるのを待つことにしましょう。」

私たちは町人役の衣装やカツラを逃がされて、病院服に着替えさせられて眠っている父親の病室で夜を明かすことにした。



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13章



「翌日」


「おい!馬鹿息子。」

私たちは、一睡もできない事と、昨夜からの疲労で皆、父の病室で仮眠していたのだが、誰かが私を強く揺り動かし、起こそうとしている。

「馬鹿息子ようっ!起きろってんだ!」

私は事の次第を思い出し、跳ねるように飛び起きた。目の前には、また町人役の衣装にカツラを着けた父親の姿があった。

「おやじ。調子はどうだい?」

「何がおやじだ。お前の親父は井戸に落っこちて、死んじまったじゃねーか。おれは、シロ助だよ。」

「シロ助?・・・。」

「ところでよ。馬鹿息子よ、何がどうなってんだ?何か皆、見慣れねー着物着てよ。話し方も変だぜ。それにここは何処だよ?」

「病院だよ。」

「病院?」

「ところでシロ助さん。調子はどう?」

あきらめて、シロ助と呼ぶことにした。

「別にどこも、何ともねーよ。」

「昨日何があったか覚えてますか?」

「あぁー覚えてるとも。腹が減ったんで、近くの畑に忍び込んでキュウリをいただこうとしたら、後ろから知らない奴に殴られて・・・気が付いたらムサっ苦しいところに閉じ込められてよっ」

「その前は?」

「その前って?」

「その前のことです。キュウリを盗もうとした前に何があったの?」

「何がって・・・殿様たちと山の中にいたら腹が減ったので、何かないかな・・・と。」

「だから、その前は?」

「確か・・・あれっ?何してたかな?」

「バスに乗ってたでしょ。」

「バスって?」

「車。」

「荷車なんかに乗ってねーよ。」

「自動車です。」

「自動車って?」

「乗り物だよ。」

「籠かきは一緒だぜ。」

「・・・。」

そこへ佐々木医師が看護を伴って入室してきた。

「おー起きましたか。気分はいかがですか?」

「どーってことはないね。なんだオメェーは。」

「医者です。」

「医者か。でも、なんで俺が医者にかからなきゃならねぇーんだよ。」

「昨日までのことを覚えていませんか?」

「忘れちまったよ。」

「これは、困りましたね。」

「先生・・・。」

そのころには母も起きていて、父親の様子が変わっていない事にがっくり来ている様子。

「実は他の6名も状態が戻っていませんでした。とりあえず今日、ご主人達のように、人格が変わられた方に詳しい医師が来ますので、一度診察してもらった上で今後の方針を検討いたしましょう。」

「解りました。」

そこに小坂刑事が入ってきた。

「ご苦労様です。本日の診察で異常が見つからない場合は、警察といたしましては、その時点で逮捕させていただいて、今後の方針が決まるまでの間、ご主人達を拘留させていただく予定で考えております。」

「逮捕?拘留?そんなぁ。」

「窃盗罪と公務執行妨害、騒乱罪です。」

「騒乱罪?」

「昨夜の件がマスコミで大きく報道されておりまして、あの村は今大変な騒ぎになって迷惑されておられます。事情の説明を求められておりますが、いくら説明しても理解してもらえず、警察を訴えかねないと問題になっております。」

「そりゃ、そうだよ。時代劇俳優たちが、みんな事故で役になりきって騒いでいるなんて、誰が聞いても納得しないよ。まるで漫画だよ。」

私が言ったのを、そばで聞いていた看護師が堪え切れずに笑い出だした。私たちも、現実離れし過ぎてはいるが、何か父親らしいと、皆吹き出して笑っていた。小坂刑事を除いて。



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14章



「診察」


「それでは、口を開けて。今の気分は?」

「どこも悪くねぇーよ。何時までこんなことしなきゃならないんだよ。おい爺さん、早くしてくれよ。」

その日の午後に、父親のような患者に詳しいと言う医者が来た。予想以上に高齢な上、歩くのもおぼつかない様子で、娘らしき人に支えられるように入ってきた。

「う~ん。」

その医師は、父親たちのMRI写真や聞き取り記録などを見比べては唸っていた。

「先生。うちの主人はどうなっちゃたんですかね?」

「脳に問題はありません。このような状態になった原因は、事故であることに間違いありませんが。何故このような状態になったのかについては、正直解りません。」

「解らないんですか・・・。」

「何が解らないんだよ。俺は元気!ピンピンしてらぁ~。」

「ご本人にはお気の毒ですが、心の問題が原因にあるのではないかと・・・。」

「心の問題?」

「なにか生活環境で、多大なストレスがあるようなことは?」

「なんだい?ストレ・・・?」

「ストレスどころか、昔から好きなように生きていますよ。ストレスがあるだなんてこっちが言いたいくらいです。」

「そうですか・・・。今回の事故の前に何か言っておられませんでしたか?」

「・・・。」

「早くしてくれよ~。」

「事故は映画撮影に向かう途中で、起こったと聞いておりますが、そのことについては何かご主人は言っておられましたか?」

「とても楽しみにしていました。主人は昔から時代劇専門の役者で、最近、時代劇の撮影がないことを大変残念がっていましたので・・・。」

「サツ・・・?何?」

「そうだったんですね・・・。どうも他の患者さんたちの家族からも同じことをお伺いいたしました。とても楽しみにしていたと・・・。」

「でも、先生。この後、主人はどうなるんでしょうか?」

そこへ小坂刑事が入ってきた。

「失礼します。この後、皆さんには別室へお集まりいただきまして今後についてご報告があります。」

「退院出来るんですか?」

「検査では、脳と身体双方に問題は見つかりませんでした。今のご様子では具体的な治療もございません。また騒乱を行されては困りますので、今後の方針が決まるまでの間は留置所にいてもらうことになるかと思います。」

「留置所?そんなぁ。」



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15章



 「留置所への車中」


「殿!私がついていながら、かたじけのうございます。」

「ソチのせいではない。仕方がない事じゃ。」

「しかし、殿様ぁ。あっしたちは、これからどぉーなるんでしょうかねぇ?」

「騒ぐな町人。もう打ち首になる覚悟はできておるわ。」

「へっ!打ち首?」

「そうよ町人。ワラワも辱めを受ける位なら、いっそのこと自害いたす覚悟。」

「自害?ちょっと待ってくださいよぉ~。何もそこまでしなくとも・・・。」

「黙れ!町人!」

「おい、駕籠かきよぉ~、大変なことになっちまったぜ。」

「おらぁこえーよぉー。」

「おい!そこの忍者!おめーさっきから黙ってやがるが、おめーがうまく俺を助け出さねーから、こんなことになっちまったじゃねーか!」

「・・・。」

「おい!なんとか言え!殿様に謝れ!」

「えい!黙らんか町人。」

「・・・。」

「しかし殿。これからどうなさるおつもりですか?見たこともない衣装を着た者たちが、ウロウロしており、風景も違い、私も気味が悪うございます。」

「確かにソチの言う通り、見たこともない世界じゃ。ただ、言葉は通じておるし、悪い者たちではなさそうじゃが・・・。知らない者たちが、家族のように心配してくれるのじゃ。ソチ達も皆そうではなかったか?」

「確かに・・・。顔は見たことがあるような気がするのですが・・・。彼らは芝居役者か何かでしょうか?」

「かもしれませんわ。ワラワ達を慰めようとしてくれているのかも・・・。」

「それに、あの老齢の医者が、一度会わせたい者がおると言っておったぞ。」

「誰でしょう?」

「解らん。しかし、ただ、あの医者は信用できる人物じゃ。あの医者の言うことを信じようぞ。それまでしばらく様子を見るのじゃ。よいな!」

「解りました。」

そんな話をしている間に、車は留置所に到着したします。空にはUFOが飛んでいた。



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16章



 「留置所」


世間では7名のことが大きく報道されており、世間の注目を集めていた。

ワイドショー等で連日取り上げられ、マナブや家族をはじめ、他の家族もマスコミの注目を集め、自由を制限されていた。

一方留置所の7名だが、入所以来大人しくしており、この珍しい入所たちに看守たちの注目が集まっていた。

「意外と大人しいじゃないか。もっと大変なことになるかと思っていたが。」

「でも、この後どうなるんでしょうね?何か警察と揉めたって言っても、そう長くは留置しておけないでしょう。家族のもとに返すって言っても、本人たちがねぇ~あの様子じゃ。」

「でも家族に返すしかないですよ。医学的には別にどこも悪くないんですから。」

「そうだよな。入院するって言ってもなぁ、病気がないんだから。」

「なんかあの佐々木医師が今日面会に来るらしいぞ。誰か連れてくるって。」

「誰を連れてくるんだい?」

「知らないけど、どこかの住職らしいぜ。」

「住職?寺に預けるつもりか?」

「そりゃいいじゃねーか。でも、あいつら大人しくしてるかな?それが問題だな。」




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17章



 「和尚との出会い」


シロウたちは離れた別々の独房に入れられ、顔も合わすこともなく、寂しい気持ちで一杯だったが、殿の言いつけ通りに大人しく過ごしていた。

「おい!面会だ。出ろ!」

看守に言われるままシロウは面会室へ向かって歩いて行った。また車に乗せられるのだろうかと思いながら歩いていると、

「入れ!」

看守がドアの前で止まり、部屋の中へ入るよう促している。そして明けたドアに入った瞬間、シロウは目を疑った。

「はぁ?」

面会室のガラスの向こうで、佐々木医師の隣に座っている着物姿の老人に向かって、殿様をはじめ、姫や侍、忍者、駕籠かき全員が土下座しているではないか。

「何です?」

思わずシロウは聞いてしまった。

「馬鹿者!」

侍の怒声がシロウへ飛んだ。

「このお方をどなたと心得る。先の副将軍様で有らせられるぞ!頭が高い!」

「・・・。」

そこにいた看守をはじめ、皆何が起こったのか、さっぱり理解できなかった。」

ただ、佐々木医師だけは、ひとりニコニコと笑っていた。

「皆、頭を上げなさい。」

佐々木医師が皆に促すと、恐る恐る、顔を上げてその場に正座した。

「では、住職お願いいたします。」

「はぁ。」

そこにいた住職と呼ばれた人が、不安げにたどたどしく話し始めた。

「そなた達のことは、この佐々木殿より聞いた。私も今は隠居して寺の住職をしておる。ソチ達はこれからどうするつもりじゃ?」

「正直困っております。何か良い手立ては、ございませんか?」

「どうじゃ。ワラワの寺でしばらく働いてみんか?」

「寺で?」

「景色も良いし、昔の風情が残っている。お前たちが過ごしたころの建物も少しは残っておるから、安心じゃろ。」

「私どものような者がお伺いして、よろしいのでしょうか?」

「かまわんよ。ただ、寺の仕事はしてもらいますよ。よいですか?」

「皆どうじゃ。先の副将軍様が仰せのとおり、寺で過ごすというのは?」

「よろしいんじゃないですか。私このような殺風景なところはもう嫌です。」

姫の一声で決まった。皆も同じ気持ちだった。

その後、警察と病院、家族の話し合いが持たれて、皆を寺で引き取るという話を承諾した。

また、その場で佐々木医師から、この住職についての説明があった。

住職とは学生からの知り合いで、江戸時代から続く副将軍の末裔として、今もその面影や威厳を残していることから、住職に事情を説明して、扮装してもらった上で、寺で引き取る話をしてもらえば、何か通じるものがあり、話がうまく行って、寺で引き取ることに皆承知するのではないかと期待して連れてきたのだそうだ。

住職も半信半疑で来ては見たものの、ここまで上手く行くとは思わなかったとのこと。

そこにいた全員が話を聞いて、この医者の楽観的すぎる判断について疑問を抱いてはいたが、何せうまく行ってしまったのだから仕方がない。この状態では自宅へも帰れず、行くあてもなく可愛そうなので、寺で働くことに7名皆が承知してよかったと、家族を含めて安心した。

そしてこのことは、マスコミへは一切情報を与えないように家族ともども関係者それぞれには厳重な注意がなされた。


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18章



 「寺での生活」


「殿!床拭きなど、そのようなことをしてはなりません!私どもにお任せください。」

「よいのじゃ。この見慣れぬところで何もすることがないではないか。城もなく、家来もお前と忍びの者だけじゃ。戦さもないようじゃし、皆よくしてくれる。豊かに暮らしておるし、どうも我々の知らない世界に迷い込んだらしい。」

「副将軍・・・いや、この寺のご住職はいつまでもここに居てよいとおっしゃっていますが・・・。」

「そうじゃな・・・、今しばらくは仕方あるまい。それにしても他の者たちはどうしておる?」

「姫はお部屋に居ていただいております。何か箱に人間が移る・・・テレビとやらに夢中で、そこに映ってる芝居役者に夢中になっておられます。」

「テレビ?大きな箱なのか?その中に人間が入って芝居しておるのか?」

「いえ。まな板より少し大きな程度の箱です。」

「どうやって中で人間が芝居をしておるのじゃ?」

「全く解りません。この世界は、我々の知らないものであふれています。」

「・・・そのようじゃな。忍者は何をしておる?」

「忍者にはこの当たりのことを調べさせております。」

「町人や籠かきはどうしておる?」

「何か畑の手伝い等をしております。」

「お主は何をしておるのだ?」

「私は・・・書物を読んでおります。」

「書物?」

「はい。かわら版などもありますが、この世界には書物が溢れております。絵ではなく、人間の姿をそのまま写しとる術があるようで、見ていて飽きません。」

「ほう、一度見せてくれ。」

「あと、音曲も聞いております。」

「音曲?」

「箱の中から音曲が聞こえてくる仕掛けです。」

「箱の中から・・・?人間が入っているのか?」

「いえ。印籠ほどの大きさです。」

「この世界は解らんことばかりじゃな。」



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19章



 「夕食にて」


住職は忙しいらしく殆ど寺にはいないことが多かったが、この日は珍しく夕食を皆と共にしている。

「どうですかな。ここでの暮らしには慣れてきましたかな?」

殿様に向かって話しかけた。

「はい。ご老公様。ありがとうございます。私ども一同には、まだ何が起こったのか理解出来てはおりません。しかし、戦もなく皆もやさしくしてくれますので安心して暮らしております。」

「そうですか、それはよかった。もう何も心配することはないのですよ。」

「そう言われましても、これからどうしてよいのやら・・・。」

「そなた達はどうしたいのですか?何かしたいことはありませんか。」

「この世界が我々の居た世界と違うことは解りました。以前の生活に戻れないのであれば、いつまでもこのように何もせずに世話になっていることも出来ません。何かお役にたてることはございませんか。」

「そうじゃなぁ・・・。」

そこへシロ助が口を挟んだ。

「あのぉ~。」

「何じゃ町人。申してみよ。」

「ご住職様。あっしらは昼間は畑の仕事なんかをさせてもらってますが、柵の向こうに年寄ばっかりが暮らしている屋敷がございますね。」

「あぁ、あれは私が建てたものです。施設と言って、歳を重ねて家で以前のように暮らせなくなった者たちが一緒に暮らしている場所です。」

「ほぉ~。シ・セ・ツ?」

一同は理解できない様子。

「年寄ってのは家族が面倒をみるものではないのですか?」

「この世界では、あなたたちの世界とは事情が違って、長生きする者が大変増えているのです。私もその一人ですが・・・。それで家族だけでは手が足りずに、集まって暮らす場所が必要になっているのです。」

「そういや、やけに年寄が多いと思ったよ。」

「しかし、その年寄りたちの世話は、一体誰がしているのですか。」

「それは今では『介護』と呼ばれて、ひとつの職業になっているのです。」

「カ・イ・ゴ?」

「それに年寄ではなくて、高齢者と呼ばれています。」

「コ・ウ・レ・イ・シャ?」

「そうです。」

「そうですか・・・。まだ解らないことが多いです。」

そこにまたシロ助が・・・。

「殿様。どうです?何もすることがないんなら、一度そのシ・セ・ツとやらに行ってみませんか。何かお手伝い出来ることがあるかも知れませんよ。」

「おぉ、それはいい考えじゃ。ご老公の世話になり通しで・・・、ご老公、何か私どもでお役にたてることがありますでしょうか?」

「そうですなぁ・・・。」

「お願いします。」

「解りました。とりあず施設の責任者には私から話をしておきます。現場との確認も必要ですので・・・。明日の午後に迎えに来させますので、一度見学されてはいかがですか。手伝うかどうかは、それからということで。」

「ありがとうございます。では明日の午後この部屋でお待ちしております。」

「殿様良かったですねー。明日が楽しみだなー。」




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20章



 「老人ホームの見学」


「あのぉ~・・・。すみません。」

翌日施設の理事長である住職から言われて寺に迎えにきた施設長は、時代劇衣装を着た7名の姿を見て、状況を理解するのに時間を要していた。当然、理事長からは経過は聞いていたが、何処から話を進めてよいのか頭の整理を必要としていた。

「えぇ~と、私はこの寺の隣にあります特別養護老人ホーム『長寿』の施設長をしております酒井と申します。よろしくお願いいたします。この寺のご住職から皆様方を施設の方へお連れして、ご見学いただくようにお聞きしております。」

「あんた堅苦しいよ。もっと肩の力を抜いていこうよ。」

シロ助が要らぬことを言う。

「はっ・・・はい。ご準備が宜しければ、これからご案内いたしますが、宜しいでしょうか?」

「よろしく、お頼みします。」

殿様が丁寧に答えた。



施設長の酒井を先頭に、のどかな農村で、ちょんまげ姿で時代劇衣装の7名が並んで歩く姿は、仮装行列さながら周りからは奇異に感じられる光景だった。近所の畑で働いている農夫たちは手を止めて、何が起こったのかその様子に見入っている。

それは老人ホームでも同じで、施設職員をはじめ入所している利用者は、その珍客に目が釘付けになってしまった。



施設内でシロ助は、物珍しくてキョロキョロしている。

「ほぉ~これがシ・セ・ツってやつですか。殿様、なんか良いところですねぇ~。」

「これ!騒ぐなシロ助。」

「えーこの施設は、50名の入居者を受け入れることが可能で、居宅介護事業所、デイサービス、ヘルパー事業所も併設されております。」

「ヘ・ル・パ・・・何ですって???」

「これがデイルームです。日中利用者に過ごしてもらっているスペースです。食事もここで食べていただいております。」

「何かよくわかんないけど・・・じゃ~寝るところは?」

シロ助が酒井施設長のそばにくっついて気になったことを、あれこれと聞いている。

「寝るところは各自個室があります。」

「コ・シ・ツ?」

「はい。一人に一部屋の個室です。」

「一人に一部屋?自分の部屋ってこと?」

「はい。」

「へー俺なんて自分の部屋なんてなかったよ。」

「現在は個室が標準になってきています。」

「へー、ところであれは何です?」

何か酒井施設長はシロ助がまわりをウロウロして煙たいみたいで困っている様子。

「とりあえず施設全体をご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。」

「頼んだぜアンちゃん。」



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21章



 「ボランティアの相談」


とりあえず施設全体の見学が終わり、殿様はじめ7名が相談室で休んでいるところに、酒井施設長がお茶を持って入ってきた。

「お疲れ様でした。施設はいかがでしたか?」

「こんな広い建物は城以外では初めてです。正直まだ何が何だか・・・。」

「ところで皆さん。理事長からは、この施設で何かお手伝いをしていただけるとお聞きしておりますが、何をしていただくのか、ご相談をしないといけませんが・・・。」

そこでシロ助が

「さっき見たお風呂で背中を流すなんてのはどうですか?」

「・・・うーん。」

酒井施設長は悩んでいる様子。

「じゃ、厠(トイレ)の手伝いはどうだい?大変そうだったよ。」

「・・・うーん。」

更に酒井施設長は悩んだ様子。

「実は、私たちがこの施設の仕事で一番気を付けていることは、ここで過ごしている人たちの安全です。高齢者にとっては歩くことも大変なご負担なのです。特にお風呂やトイレでこけないようには充分注意していますので、なかなか簡単に手伝ってもらう訳には・・・。」

「何か面倒くさいな~。そんな堅苦しいこと言わないでよぉ。いいじゃねえか。」

「これ!シロ助!黙っていなさい!」

しばらく考えていた酒井施設長が口を開いた。

「どうでしょうか。物足りないかもしれませんが、最初は施設の掃除等をしていただいて、ここでの様子に慣れていただいてから、改めてお手伝いしてもらうことを相談するというのは。」

「掃除なんて何か物足りねーなぁ。それにこんな広いところの掃除なんて大変だよ。」

「これ!シロ助。」

「その通りです。ご覧のように、この施設は大きくて職員が足りずに敷地の手入れや掃除が大変なのです。お手伝いしていただければ大変助かりますが・・・。」

「解りました。私たちで出来ること何でもいたしましょう。この施設の掃除をわれわれにやらせてください。それ以外でも何でも申してください。」

「ほんとですか。ありがとうございます。」

「殿様。本当によろしいのですか?掃除なんて・・・。」

「良いのじゃ。このままではご老公に顔向けが出来ん。皆も良いな。」

「ははぁー。」

とりあえず7名は施設の掃除ボランティアを始めることになった。



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22章



 「ボランティアを始める」


シロ助たちのボランティアは、翌日から始まった。殿様をはじめ侍や忍者をはじめ皆文句を言わずにまじめに働いていたが、3日も経たずにシロ助が愚痴を言いだした。

「あ~退屈だな~、何か掃除しても何度も汚すんだものなぁ~。年寄ってのは仕方がないね。そーいや俺のバーチャンも死ぬ前はろくに耳も聞こえなくなって大変だったな。あのときは・・・そういやあの時は飲み屋のお良が面倒みてくれたっけなぁ。あっそういや、お良はどうしてんのかな?この間は夫婦でもないのに『あんた。』とか訳の分からないことを言ってやがったが。あのバカ息子や不細工な娘と元気にしてやがるのかな?」

「あの~。」

掃除をしているシロ助のそばのテーブルに座っていた女性入所者の一人が声をかけてきた。

「なんだい?厠か?厠ならこれは手伝えないよ。」

「あなたは何処の役者さんだい?」

「へっ?役者?」

「だってそんな時代劇の衣装を着て・・・。」

「ジ・ダ・イ・ゲ・キ?」

「そうだ!あんたの顔をどこかで見たことあるよ。ちょっと、おカネさん。この人どこかで見たことないかい?あんた映画に詳しかったね。」

「そうだね~どこかで・・・あっ!あんた白沢監督の『八と1/2人の侍』に出てなかったかい?」

「何?エ・イ・ガ?」

「そうだよ~あんた『八と1/2人の侍』に馬に蹴られて死んじゃう農民役で出てたわよ。あ~うれしいねぇ。あんたもこの施設に入所したのかい?」

「何を訳の分からないことを言ってやがるんだい!俺は殿様に言われて掃除してるだけ!」

「ちょっとそこの職員さん。この人なんでここにいるの?役者さんだよね。」

「実は理事長の知り合いだそうです。それでこの施設のお手伝いをしてもらうことになったみたいです。それ以上は私にも解りません。」

「ふーん。そうなの・・・よくわかんないけど。じゃしばらくはここに居るのね。お侍さん、これからもよろしくね。」

「俺は侍じゃねーよ!」




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23章



 「職員ミーティングにて」


「最後に、理事長から頼まれて現在掃除等をしてもらっているボランティアの方々についてですが、ここでボランティアをしてもらうようになって約2週間が経ちましたが、明日理事長にご報告しないといけませんので、現場の皆さんからのご意見、ご感想をお伺いしたいのですが。フロア主任からお願いします。」

「皆さんよく働いてくれています。最初はどうなるかと思いましたが、殿様や侍姿の方は大変まじめで、申し訳ないくらい働いてくれています。また、姫はすでに入所者みんなのアイドルになっています。三味線や踊りを披露してくれたり、皆をいたわって優しく声をかけてくれるので、皆大変喜んでいます。それと、普段はほとんど姿を見せないのですが、忍者の方も何度となく転倒しそうになった利用者を、何処からともなく表れて、俊敏な動きで助けてくれたり、この間も徘徊していなくなった利用者をいつの間にか探してきてくれました。駕籠かきの方々も簡単な移乗介助の補助を職員の指導で一緒にしてくれたりして大変助かっています。皆職員として働いてもらいたいくらいです。」

そこにいた職員全てが同感である様子を見せた。

「それはすごい。シロ助さんって人はどうですか?」

「あの人が一番馴染んでいる様子で、ほとんど仕事はしていませんが、フロアに座りっぱなしで、皆の人気がすごくて、シロ助さんの周りはいつも皆の笑い声が絶えません。」

「そうですか。それは良かった、理事長も心配していましたので安心されると思います。そのように報告しておきます。ほかに意見はありませんか。」

「あの~実は・・・。」

「何か?」

「先日、入所者の面会に来られた娘様が、シロ助さんを見て、知り合いのお父さんではないかと私に名前を確認してこられましたが・・・。」

「それで何と返答しましたか?」

「私には解りませんと答えておきました。正直シロ助さんとしか知りませんので・・・。」

「そんなことが・・・。解りました。そのことも理事長に伝えておきます。」

「じつは・・・。」

他の職員が話し始めた。

「他に何か?」

「私にも、殿様のことを、知り合いのお父さんではないかと名前を聞いてこられた方がいました。」

「そうですか・・・。職員の皆さんにはあの人たちのことは、最初に説明させていただきましたが、あの事故の後、ご家族や警察の了解を得て理事長が預かっている状況ですので、くれぐれも口外は避けていただくようにお願いいたします。」

「でも施設長、あの身なりでは目立ち過ぎでは・・・。嫌でも目につきますよ。」

その場にいる数人の職員が同じことを感じていた様子。

「これ以上この施設の中だけで、あの人たちのことを秘密にしておくのは難しいのではないかと思います。訪問されるすべての面会者の方が、あの人たちのことを見ているのですから。」

「でも事故当時に顔写真は出ていなかったし、慰問の人程度にしか思っていないよ。僕は面会者にそう説明しました。」

皆それぞれが、シロ助たちの今後のことを心配して考えている様子。

「・・・解りました。理事長にはその辺りのことも報告しておきます。ほかに何かありませんか?」

「あの~。」

別の職員が不安そうな声で手を挙げた。

「まだ何か?」

「このような時に、ちょっと言いにくいのですが・・・。最近入所者がUFOを見たとよく言っていますが・・・。」

「UFO?」

「今までそんなこと言う人はいなかったのですが・・・。」

「何かの見間違いでしょ。」

皆その話には興味がない様子で、ミーティングではそれ以上は採りあげられなかった。

「それでは時間が来ましたので、他になければこれでミーティングを終了します。お疲れ様でした。」

「お疲れ様でした。」



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24章



 「記事」


理事長、酒井施設長に加えて、佐々木医師、小坂刑事が理事長室に集まっていた。

「住職。勝手なことをしてもらっては困ります。この週刊誌の記事を見てください。」

小坂刑事が持参した週刊誌には

『行方不明だった時代劇俳優たちは今。ちょんまげヘルパーとして高齢者施設で働いていた!』

と施設の名前は出てはいないが、施設外観の写真入りで大きく報道されていた。

「『ちょんまげヘルパー』とは上手く言いましたな。」

「理事長!そんな悠長なことを言っている場合ではありません。あの7名を施設で働かせることは中止していただきます。」

「しかし、ここに居る施設長の酒井氏からの報告では、あの7名は施設で自分たちの居場所を見つけているみたいですし、佐々木先生はどう思われます?」

「このまま施設で働いてもらってはどうですか。何か問題でも?」

「先生!」

小坂刑事が大声を出して抗議した。

「いいですか。この週刊誌は明日発売のものを特殊なルートで手に入れたのです。週刊誌の記事に施設の写真が掲載されていますので、明日発売されれば、ここに記者や野次馬たちが押し寄せてきます。また以前のようにマスコミに取り上げられて大変な騒ぎになります。すでに警官の配備の手配もしていますので、とにかくあの7名を施設で働かせることは中止していただきます。」

気弱な酒井施設長は不安になってきていた。

「あの~あまり施設の周りが騒がしくなりますと、入所者が不安になりますし、特に認知症のある方にはご負担が大きくなってストレスを感じられるかもしれません。何か対応を検討しないと・・・。」

「理事長!あの7名がここに居ることすら問題になっているのです。一時的にまた留置所に入ってもらうか、病院に入院してもらうかの検討も必要です。」

佐々木医師が口を挟んだ。

「小坂刑事。主治医は私です。皆医学的に問題はありませんので入院の必要性はありません。また、留置所に居れることも治療方針として了解はできません。」

「そんなことを言っている場合ですか。今この施設の方も言っていたではないですか。理事長!どうなさるつもりのですか?入所者やご家族を含めた責任問題にも発展しかねませんよ。」

「解りました。とりあえず明日はあの7名には施設でボランティアをしてもらうことは控えてもらいます。」

「当然です。」

小坂刑事はほっとした様子。更に理事長が続けた。

「小坂刑事にはお願いがあります。入所者たちが不安にならないように、マスコミや野次馬が施設に近づかないように警官の配備をよろしくお願いいたします。」

「もう手配済みです。」

「それと・・・騒ぎになる前に、至急あの7名のご家族たちを呼んで経過と状況の説明をしておく必要があるでしょう。」

皆が、思い出したように顔を見合わせた。

「家族になんて言いますか?」

「正直に話すしかないでしょうな。」

理事長の言葉を聞いて、皆頭を抱えていた。


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25章



 「再び家族たち」


マナブは久しぶりに彼女と食事をしていた。

「で・・・お父さんどうしてるの?」

「寺で大人しくしてると思うけど、これからどうなるのかな。何かあれば連絡があることになってるよ。」

「お母様は大丈夫なの?」

「昨日から店を開けて以前のように働き出したよ。一時はマスコミや野次馬で大変だったけど、騒ぎも落ち着いてほっとしてるよ。」

「妹さんは?」

「妹は旦那と一緒にアメリカに行ってるよ。」

「私と入れ違いになったのね。」

「でも、おやじ達これからどうなるのかな?人格的には依然と変わらないんだけどなぁ。一度会いに行くに行ってみるか。」

「私も行くわ。いいでしょ。」

「そうだね、君には、今の父親の様子を見てもらっていた方がいいかもしれない。おそらく父親は君のことを覚えていないよ。」

「お母様のことは近所の飲み屋のおかみで、あなたはそこの馬鹿息子ってことになっていたのよね。笑っちゃいけないけど、なんか面白い。あのお父さんらしいわ。普段から面白いところあったし。」

その時マナブの携帯電話が鳴った。

「そうなの・・・。明日だね、わかったよ。じゃ。」

「どうしたの?」

「母親からだよ、今警察から電話があって、明日早朝に寺に来てほしいだって。」

「何かあったのかしら?」

「解らないよ。警察は話があるとしか言わなかったらしい。行ってみるしかないよ。」

「そうね。」

「何か嫌な予感がするよ。」

そのあと二人はしばらく黙り込んでしまった。



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26章



 「話し合い」


翌日の早朝、7名の家族たちは警察の迎えにより、それぞれ寺に集まっていた。道中、寺に近づくに従って警官が配備され物々しい雰囲気になっていることに不安を感じていた。

「マナブ、また何か騒ぎを起こしたみたいだね。」

「そうみたいだね。母さん大丈夫かい?」

「ここまで来たら覚悟を決めるよ。彼女にも来てもらってすまないね。」

「構いませんよ、お母様。」



時代劇衣装の7名は、何か浮かない顔でいつもの元気がない。

「殿。どういうことでしょう。拙者には何が何だか解りかねますが。」

実は今朝、食後に住職から初めて本人たちのこと、事故後の経過と状況を説明された上、週刊誌の記事を見せられたのだ。当然住職が、先の副将軍でも、ご老公でもないことも説明された。

「あの住職が嘘をつくとは思われんが・・・。」

「あのお良が、俺の嫁だって!そんな馬鹿なことがあるかい!あの馬鹿息子や不細工な娘も、いったい誰に似たんだ!」

「もしあの住職が言うことが本当だとしても、我々にはどうすることも出来ん。」

「ワラワはここの暮らしが好きじゃ。皆よくしてくれるし、どこへも行きたくない。」

姫が泣きそうな声で言った。

そこへ酒井施設長が現れた。

「すみません。今から話し合いが始まりますので一緒に来ていただけますか。」



家族皆は、寺の本堂に集められた。7名すべての家族も来ており、佐々木医師より経過を聞かされて、緊張した面持ちで皆うつむいていた。そこへ小坂刑事を先頭に、理事長、佐々木医師、酒井施設長、時代劇衣装の7名が入ってきた。

家族たちは、佐々木医師から状態が戻ってはいないことを聞かされていたが、まさか高齢者施設でボランティアをしているとは思ってもいなかったので、酒井施設長から施設内での様子を聞かされて、安心すると同時に、久しぶりに姿を見てホッとしていた。

「ご家族には、ご連絡が遅くなり誠に申し訳ございませんでした。今回は私どもの不注意でこのようなことになってしまい、何と申し上げてよいのやら・・・。」

理事長が家族に謝罪の言葉と共に話し始めた。

「ご家族には、お見せした通り本日発売の週刊誌に、ご家族がここでボランティアをされていることが記事なっております。すでに今朝から施設への問い合わせが殺到しており業務への影響も出ており、施設周辺にはマスコミ各社が押し寄せてきており、警察に周辺への立ち入り禁止の体制をお願いするような騒ぎになっております。入所されている方々への影響は現在のところございません。ただ、これ以上この騒ぎが続けば、いずれ入所者への影響も出始めるでしょう。そのため、これからのご家族への対応をどうするのかについて、早急にご家族との話し合う必要性がありましたので、お忙しい中、お集まりいただいた次第です。」

続いて小坂刑事が話し始めた。

「とにかく、この7名にはこれ以上この寺に居ていただくことはできないと判断しております。今後マスコミの騒ぎは大きくなって、7名の顔写真等も報道されることになりますので、ご家族たちの元へ帰っていただくにも、おそらくマスコミが以前以上に自宅等に押し寄せるでしょうから、現実的には不可能です。再び留置所へ入っていただくことや入院には、佐々木医師は治療方針として反対されておられますし・・・。」

「では、私たち家族は、どちらにしても、またバラバラになるということでしょうか?」

母親が思わず口を挟んだ。

「そういうことになるでしょうね・・・。」

小坂刑事が冷静に答えた。

「あなた!私ことが思い出せないのかい?」

「父さん!俺のこと解んない?」

そこにいた家族たち全員が、堰を切ったように一斉に7名に話しかけ始めた。

本堂に家族の呼びかけが響き渡る中、7名は驚いたような表情で家族たちに見入っていた。

そのとき、地響きとともに本堂全体が大きく揺れ始め、そこにいた全員が座っていられないほど、その揺れは大きくなり、悲鳴と共に本堂の柱や天井が崩れ始めた。

「地震だ!キャー!」

余りの揺れの大きさに、皆は逃げることも出来ずにその場にうつ伏せになるしかなかった。


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27章



 「地震」


「母さん大丈夫かい?」

ようやく揺れが終わったので、マナブは横で気を失っている母親に声をかけた。

「あ痛ぁ。」

何とか気が付いて頭をこすっている。

「すごい揺れだったね。こんなの生まれて初めてだよ。あんた怪我はないかい?」

辺りには天井が崩れ落ちており、本堂の飾りも目茶苦茶で、本堂の仏像も倒れていた。

かなり大きな地震で、そこにいた全員がまだ気を失っている。遠くで人の叫び声が聞こえているが、外の様子がどうなっているのかは、ここからでは状況が解らない。

「君。大丈夫か?」

小坂刑事が声をかけてきた。住職や佐々木医師はまだ気を失っているが、数人が気を取り戻し始めた。小坂刑事が早速無線で連絡を取り始めたが、返答がない様子で苛々して外へ飛び出していった。

「あれ!」

母親が驚いたような声を出した。

「どうしたの母さん?」

「父さん達がいないよ。」

「えっ!」

父親たちが居たところにも、部分的には天井が崩れ落ちてはいたが、確かに居るはずの場所に父親たちの姿がない。

「まさか!」

マナブが慌てて父親たちが座っていた場所へ行ってみても父親たち7名の姿がない。周りの瓦礫を避けたりしてはみたが、やはり何処にも父親たちの姿はなかった。

また、父親たち7名はどこかに居なくなってしまったのだ。


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28章



 「その後」


地震から2週間が経っても父親たちの消息は分からなかった。地震の規模は、観測史上最大級の規模で家屋の倒壊や死者、不明者の数はまだ測り知れず日本中がこの地震の影響で混乱していた。

地震後の避難先は父親たちがボランティアをしていた施設となり、父親たちの捜索を行う余裕はなく、怪我人の世話や施設の手伝いで手が一杯だった。私たちも地震直後は避難所で職員のお手伝い等をしていたが、3日後に警察の計らいでようやく自宅に帰ることが出来た。

自宅も半壊状態で母親の店に中は割れた瓶や皿が散乱しており、店を再開させられるような状況ではなかった。幸いおばあちゃんには怪我はなく、普段懇意にしていた近所の母親の友人たちがおばあちゃんの世話をしてくれていたので問題はなかった。

自分のことより私たちのことを心配していたと聞いて安心した。

私も会社に戻って地震の影響で混乱している業務の整理で自宅に帰宅できない状態が続いている。彼女もすぐ中国へ旅立ち、それぞれがバラバラなって自分たちのことで精いっぱいになってしまい、父親たちのことを考える余裕さえないような状態だった。

父親たちの記事を載せた週刊誌は予定通りに発売されたが、地震の影響で世間の注目を集めることもなく、テレビでは地震のニュースばかりが放送されて父親たちの存在そのものが世間から忘れ去られようとしていた。小坂刑事からの連絡も一切になくなってしまった。住職や佐々木医師は怪我で入院しているらしい。

父親にかかわっていた人たちは、皆地震後の対応に追われており、誰も父親たちのことに注目する人がいなくなってしまった。



そして私たちも、あの地震で父親たちが死んでしまったのではないかと思うようになりかけていた。



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29章



 「父、見つかる。再び。」


マナブはタクシーで空港に向かっていた。中国からの日本へ帰る飛行機に乗ることが出来たのは、地震から2カ月後だった。

母親とはメールで連絡をとり合っており、地震の混乱は今も続いてはいるが店は改築を終え、再開したと知らされていた。以前のように町の情報発信基地になっており、ご近所の住民の地震後の動向が逐一入っている様子で、地域包括支援センターや民生委員の依頼で、地震後一人暮らしで困っているお年寄りの家にお弁当を届けたり、安否確認の訪問をしたり、地震後は更に忙しくしている。最近は役場の介護保険の担当者も協力要請で店に来ているらしい。

そんな活躍を母親らしいと感じてはいたが、父親は何処へ行ってしまったのか・・・。そんなことを考えながら飛行場のゲートから出た矢先、マナブは売店の週刊誌の見出しに目が釘付けになった。

「あの、ちょんまげヘルパー達は今!今度は東北の震災地でボランティアをしていた!」

思わずその週刊誌を手に取り、お金も払わずに記事に見入っていた。

そこには、父親たち7名の顔写真入りの記事が大きく掲載されていた。




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30章



 「父親たちの活躍」


週刊誌の記事によると、地震から5日後、施設から遠く離れた東北地方で、避難所になっている老人ホームに、突如時代劇衣装を着た父親たち7名が現れてボランティアを申し出たとのこと。

担当者も父親たちのことは全く知らなかったそうで、避難所自体が地震後に隔離状態になってしまい人手が足りなかったために、そのまま申し出を受け入れてボランティアをしてもらっていた。

最初は被災者たちも彼らのことを不思議に思っていたが、怪我人も多く、救援活動でそれどころではなかったそうで、何も言わなくても一生懸命働いてくれて、避難所では皆に頼られており、保管していた水や食料が底をつく中、何処からともなく山水を汲んで来たり、山からイノシシや鳥を生け捕って運んでくれて、命拾いしたと感謝の言葉で記事は締めくくられている。



記事を見て7名の家族たちは、連絡をとり合って小坂刑事に7名に会いに行かせて欲しいと頼んだが、地震後の混乱で現在はとても会いに行ける状況ではないと断られてしまったのだが、この週刊誌の記事をきっかけに、新聞やテレビで連日繰り返して取り上げられるようになってしまったために、様子はテレビを通じて知る事が出来るようになってしまった。

報道では7名の活躍を非難するような報道はなく、被災者の感謝の言葉と共に、父親たちのことを賞賛するような報道がされたために、マナブ達の自宅への野次馬も好意的なものが多く、匿名で支援物資や金銭が送られてきたこともあった。

テレビ等ではコメンテーターに

「もともと江戸時代というのは、助け合いの文化でしたので彼らの活躍は理にかなっております。困っている人を放っておけないと言う江戸っ子気質とでも言いましょうか。日本人がもともと持っていた助け合い文化の象徴的存在でもあります。確か映画でも7人の侍たちが農村を助ける話がありましたな。」

と、最もらしく語られ始めてしまっていた。

海外メディアでも、「サムライヘルパー」「ニンジャヘルパー」と報道されるようになってしまい、本人や家族たちの意向とは別に、報道はエスカレートしていき、シロ助たちは震災後のボランティア活動の象徴的な存在となり始めていた。



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31章



 「その後の父たち」


被災地の混乱はなかなか進まず、その後半年たっても父親たちは帰ってこなかった。

テレビでは毎日のように父親たちの活躍が報道されて、マナブ家族はシロ助の肉声をテレビを通じて聞くことが出来るようになっていた。

「おい!お良よぉ。この世界でも飲み屋をやってるなら最初から言ってくれよぉ。ツケが溜まってるからってひでぇじゃねーか。まっいいや、また今度行くからさ、ツケで飲ませてくれよな。じゃーな。」

相変わらず7名の状態は改善していなかった。

マナブ家族にとっては、もともと父親は家には殆どいなかったことには変わりがないので、事情は違うが父親が元気なことは解っているので安心していた。ある意味以前と変わりない生活とも言えた。



シロ助たちは「ちょんまげヘルパー」ともてはやされて、ボランティア募集ポスターになったりして、なかにはちゃんまげ姿でボランティアをするといった、真似する者さえ出始めていた。



そんなある日の夜。マナブは父親の夢をみた。

父親たち7名がUFOに乗って帰ってくる夢だった。銀色の宇宙人も父親たちも楽しそうに笑っていた。



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32章



 「映画出演」


「えー本日は映画『七人のちょんまげヘルパー』の試写会にお越しいただきまして誠にありがとうございます。」



実はその後、父親達7名を題材にして、それも本人達の主演で映画が製作されてしまった。

母親の店にプロデューサーと称する人物が、現れたときには父親達は既に出演を承諾していたらしい。プロデューサーに、映画に出ることで人助けになるとか、上手く言い包められたようだ。家族としては、父親達はもともと役者なので、反対する理由もなく、あれだけ映画の撮影を楽しみにしていた途中の事故で、このようなことになってしまったので、丁度良かったではないかと、半ばヤケクソ気味に話していた。

映画の興行成績も好調で、その収益の一部は被災地復興基金に寄付され、「ちょんまげヘルパー基金」なるものも創設された。



しかし、まだ騒動は続いた。



父親が被災地の未亡人と所帯を持つと言い出したのだ。



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33章



 「父の再婚」


あの事故後、初めて父親が店に戻って来たのは、母親との離婚届に印鑑をもらうためだった。

「お良よ、俺にはよく解らねーが、俺があの女と所帯を持つには、この紙にお前ぇーの判子を押してもらわなきゃならねぇらしい。ツケも払わねぇですまないが、よろしく頼むよ。」

「あんたはそれでいいのかい?」

「あぁ、あいつ可愛そうでなぁ。今回の地震で家族全員を亡くしちまったのよ。」

「そうなの・・・。解ったわ。じゃここに私の判子を押せばいいのね。」

「恩にきるぜ。」

「じゃ元気でね。ツケは何時でもいいからね、体に気を付けて・・・。さようなら。」

「おう!あばよ。あの馬鹿息子によろしくな。」

父親と母親は正式に離婚した。あれだけ世話をしていた母親があっさり離婚してしまったことにびっくりしてが、父親とその未亡人の結婚は、私たち家族の複雑な気持ちとは別に、マスコミで大いに取り上げられ、美談として祝福された。実は父親以外の6名にもそれぞれに出逢いがあったようで、姫などは被災地に慰問に来ていたイケメン俳優との出来ちゃった婚で大変な騒ぎとなったが、みんな元の家族をと別れて新しいパートナーと新しい人生を踏み出そうとしていた。そして、父親の結婚式は7カップルの合同となり盛大に行われた。



その後も父親達の活躍は続き、頻繁にテレビで紹介されていたが、一方私たち「元家族」のことには世間は関心が無くなってしまっていたので、以前の平穏な生活を取り戻していた。あるとき、母親がこんなことを言っていた。

「あの自立できなかった人が、事故を契機に人様の役に立って立派に自立したんだから、いいじゃないか。」

考えようによっては母親の言う通りですが・・・これでいいのだろうかと悩んでしまった。



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34章



 「最終章」


それから1年が経ち、震災後の復興も徐々に進み、父親達のことも以前ほど騒がれなくなっていた。父親たちを広告塔にした民間の老人ホームが全国に建設され始めており、映画の第二弾も準備中らしい。

私の中国系企業での仕事も相変わらず忙しく、彼女とも月に一度位しか会うことが出来ていなかったのだが、実は彼女が妊娠したことを機に結婚することになった。彼女ともども上司である中国人たちを式に招待するので段取りが大変だった。

そんな準備に追われていたある日の夜、彼女の部屋にいた私たちにとって耳を疑うようなニュースが放送された。

「あの『ちょんまげヘルパー』たちの記憶が戻った模様。」

2、3日前に朝起きたら全員の記憶が戻っていたらしいのです。どうも全員が、経過を憶えておらず、元の家族の元に帰る事を希望しており、何ともややこしい話になっており現場は混乱しているとのこと。

久しぶりに佐々木医師がニュースでコメントをしていたが

「訳が分からない。」

とのこと・・・。



私たちが顔を見合わせて状況を理解できないでいたその時、携帯メールが届いた。母親からだった。

「私は知りませんよ。」

それはそうだろう、母親は近所のちょいワルオヤジ風のバツイチの民生委員と再婚していたのだから・・・。どうも大分以前から付き合っていたらしい・・・。

私たちの結婚式は大荒れになりそうです。

では、お後が宜しいようで・・・。




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